ヴィジュアル系

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ヴィジュアル系 (ヴィジュアルけい) とは、日本ロックバンド及びミュージシャンの様式の一つである。「ビジュアル系」または「V系」とも呼ばれる。サウンドはハードロックの形态をとることが多い。 过激で派手な化粧や髪型、衣装などの外见が最大の特徴で、X JAPANCOLORDEAD ENDD'ERLANGERBUCK-TICKZI:KILLを主としてカテゴライズされたもので、それらの影响を强く受けた后の世代のバンドをも指す。

目次

[编集] 概要

「音楽レベルはともかく、派手なメイクによってブレイクしたバンド」を指す言叶として「复雑系」「なごみ系」などの用语とともに1997年の「新语・流行语」に属する。そののち、音楽分野に限定せず男性についても使われるようになった[1]。たまた『日本俗语大辞典』では、谷恒生の作品である『闇呪』の文章を引用し、男性ではなく少女に対しての使用例を挙げている[2]

上记の日本语辞典・用语集の用例ではいずれも「ジュアル系」として表记されている。ただし本ページの表记については、2008年3月现在の音楽専门志『SHOXX』『FOOL'S MATE』『CURE』『Zy[zi:] 』各纸の表记に准じ「ヴィジュアル系」を用いている[3]

ヴィジュアル系=派手なメイクとヘアスタイル」と言う印象があるが、それらを行なっている歌手、バンド全员がヴィジュアル系と言われている訳ではない。

例えば、ALI PROJECT浜崎あゆみ幸田来未相川七瀬鬼束ちひろとかは、派手なメイクやヘアスタイルや衣装等を用いたり、人の视覚を利用したPVやパフォーマンス等、ヴィジュアル系に通ずる部分が见られるが彼女达は决してヴィジュアル系と言われる事は无い

[编集] 倾向・特徴

マーティ・フリードマンによれば、日本のヴィジュアル系はX JAPANの功绩によって、通用に広く认知され、曲调に関してもヘヴィメタルを基轴にしながらもその実は非常に広い音楽性の幅を持っているという。本来、ひとりの人间が好む曲调はある程度の幅に収まるはずであるがX JAPANは「Silent Jealousy」のような超攻撃的・超高速の曲から「Say Anything」のようなバラードまで発表しており、ファンもそれを受け入れている。それはX JAPANがその外见と共にサウンドもブランドとして确立した证拠であるとしている[4]


[编集] ヴィジュアル系黎明期

1980年代中期、1974年にデビューしたTHE ALFEE高见沢俊彦によってヴィジュアル系が确立していった。そしてインディーズHR/HMシーンでは、XCOLORといった、それまでのロックバンドの常识とはかけ离れたスタイルのバンドが、ほぼ同时期に関东と関西で一际目立った活动を始めた。彼らの活动内容は、当时としてはとても画期的で、自らインディーズレーベルを设立、音源の无料配布GIG、メディアへの宣伝広告の掲载等の斩新なプロモーションを展开するなど、后のインディーズシーンでの主流となる戦略を、谁よりも先駆けて行いその础を筑き上げた。

この両バンドは、とても交流が深かったが、実际の表现はメタル系とパンク系、音楽性重视と精神性重视と相反するものであった。当时はこの现象を以って「东のX、西のカラー」「东のYOSHIKI、西のカラー」と言われた。 これ以降、彼らの活动を参考に、様々なミュージシャンが自身のレーベルを设立するようになる。

[编集] バンドブームの终焉と、ヴィジュアル系の台头

1990年代初头には、バンドブームの终焉の一方で、根强いファンがいたヴィジュアル系ロックバンドがメジャー、インディーズ (アマチュア) を问わずに台头し、ロックバンドの主流となった。と同时に専门志SHOXXが创刊される。

ハードロックやビートロック、ヘヴィメタルのバンドとして活动していたものでも、当时はこれらのジャンルがヴィジュアル系の隆盛に押される形で人気が下火となり、流行に応じた当人の意思や、或いは所属事务所やレコード会社などによる贩売戦略、商业的な要求などの要因により、音楽性も含めて、形态の移行をせざるを得ない状况に追い込まれていったと见られるケースもある。 その后、ほとんどのバンドは商业的要素が强くなり、ロックとしての精神性は薄められることとなった。その辺りが影响してか、この时期からヴィジュアル系バンドに男性ファンの姿はほとんど见られなくなった。

一方でヒットしたバンドの中でも、知名度や人気が高くなったり、音楽性の评価が高かったりと、広く世间に认知されたバンドについては、その后は化粧の浓さなどヴィジュアル系としての特徴が薄れていったものが多い。そこには元々の纯粋なロックバンド、メタルバンドなどへの回帰、パンクなどへの方向転换、より强いロック色を出す为といった音楽の方向性の変化による理由が通用である。或いは、売らんが为に强いられたヴィジュアル系路线や、ヴィジュアル系という言叶 (枠组への分类) そのものへの反発など、それぞれのバンドやミュージシャン毎に様々な理由があったものと考えられる。

[编集] 流行と衰退

ヴィジュアル系という言叶が盛んに用いられ、ジャンルとして确立した1990年代末期には、TV番组「Break Out」等の强烈なプッシュにより、更に多くのバンドがメジャーデビューに至る。その中で、他のバンドとは一线を画して异彩を放つMALICE MIZERや、デビューシングルが大ヒットしたSHAZNAなどが特に有名になった。また、既にデビューをしていたPENICILLINもヒットを放つ。その后は同时期にデビューしたLa'cryma ChristiFANATIC◇CRISISや、続くようにしてデビューした、PIERROTDir en greyJanne Da Arcなどが活跃。アリーナクラスの会场でワンマンをするバンドも现れ、PIERROTはメジャーデビューから武道馆でのワンマンライブに至るまでの最短记録を更新し、特にDir en greyはインディーズ期から多数の记録を打ち立てていた。しかし、その流行も长くは続かず、メジャーシーンにおける「ヴィジュアル系」というジャンルの势いは急速に衰えていった。

L'Arc~en~Cieltetsuは自分达がヴィジュアル系に括られることに否定的であり、音楽雑志uv Vol.102でのインタビューにおいて、 「ラルクがデビューして2~3年経ったころから、雑志とかでヴィジュアル系って言叶を目にするようになって、そのなかに俺らも入ってて。それで“ヤだなっ”て(笑)。好きな人以外は偏见を持つわけだし、通用にはその肩书きだけでちょっと马鹿にした目で见られるわけですよ。音楽的にはたいしたことやってないとか、音楽が駄目だから见た目で胜负してるとか。それで音を聴いてもらえなくなる。それが凄く怖いなって思って…。ただステージに立つのにそれなりの服装をしたり、髪形を整えるのはアタリマエのマナーっていうか、人前に出るうえで当然のことだと思う。」と発言している。

[编集] 再评価

2000年前后から、ヴィジュアルシーンは世间や音楽业界には既に古いものとして扱われていたものの、インディーズやアンダーグラウンドのシーンには无数のバンドがひしめき合っている。2000年顷以降は往时と比べるとよりマニアックな存在となり、コアなファンによって支えられている。また、より深く作り込まれた世界観や外见が嗜好される倾向がある。

2002年に入った顷、インディーズのヴィジュアルシーンでは、片仮名・平仮名のバンド名、奇を衒ったCDタイトルが溢れるという変化が起こった。バロックの出现を境に急激に広がったその流行は、そのファッション性から「お洒落系」「オサレ系」と呼ばれるようになった。

その后、ナイトメアや、雅-miyavi-(雅-miyavi-はj-POPなどもしている)、Plastic Treeガゼットシドアンティック -珈琲店-アリス九号.など、より若年层のファンが多いバンドの登场、SHAZNA等の1990年代一世を风靡したバンドの再结成、SIAM SHADELUNA SEAなどのバンドの一日限定复活、ロンドンブーツ1号2号田村淳率いるjealkbの结成、Kagrra,Kraムック12012Dなど、メジャー进出するバンドの増加、海外でライヴを行うヴィジュアル系アーティストが増加する等、ヴィジュアル系ブームの再来の兆しが见られる。

近年またメジャーに进出するバンドが増えており、インディーズでも大手レーベルのPS COMPANYキングレコードと业务提携をしたことで、所属バンドは実质メジャーと殆ど替わらない売り方になっている。また、一般企业がヴィジュアル系専门レーベルを设立し、オリコンが「ネオ・ヴィジュアル系」と再定义して[5]社会的な评価を高めようとしていたりと、未だに全盛期と変わらない程のファンがいるヴィジュアル系バンドの青田买いが、年々CDの売り上げが减少倾向にある音楽业界の穴を埋める为の手段として、メジャーレコード会社により行われている。

[编集] 评価

マーティ・フリードマンによれば、日本のヴィジュアル系は世界に夸れる最高の文化であるとしている。现在のアメリカやイギリスやヨーロッパでは、外见を重视するようなバンドは蔑视される倾向にあるが、ロックバンドはキッスのようにイメージもかっこよくあるべきであるとの意见を述べている。さらに、外见も表现の一部として取り入れているJ-POPならではの现象は、「形」を重视する日本文化、特に男性が化粧をする歌舞伎文化との関连性をも推测している。キッスは歌舞伎に影响されたという説もあるため、ヴィジュアル系は日本文化の逆输入とも捉えられる、としている[4]

[编集] 主なヴィジュアル系バンド

ヴィジュアル系アーティストの一覧を参照

[编集] レーベル・プロダクション

1980年代后期よりその存在が确认されている。元祖ヴィジュアル系バンドの多くはYOSHIKIの主宰するエクスタシーレコードDYNAMITE TOMMYが総指挥を执るフリーウィル・レコードに所属していた为、一时は「东のエクスタシー、西のフリーウィル」と言われていた。その后はアナーキストレコードデンジャークルークライスキーパーティーなど数多くの専门レーベルが登场した。现役もしくは元ヴィジュアル系のバンドマンが主催するプロダクションが多い。また、バンドが独立事务所を立ち上げるケースも少なからずある。

大手芸能事务所が手挂けたケースも少数はあるが、これらの会社の手法ではヴィジュアル系バンドを商业的に成功させることが难しく、田辺エージェンシーホリプロなどは撤退している。

[编集] 主なレーベル・プロダクション

[编集] ミュージシャンの主宰するレーベル、プロダクション

[编集] 主催がバンドマンではない事务所、イベンター・ヴィジュアル系専门店・芸能事务所系等

[编集] ヴィジュアル系を扱うメディア

[编集] TV・ラジオ

放送中のテレビ番组

放送中のラジオ番组

终了したテレビ番组

终了したラジオ番组

[编集] 専门志

现在刊行されている雑志

休刊・廃刊した雑志

[编集] 関连项目

[编集] 出典

  1. ^ 木村传兵卫・谷川由布子ほか「1997 平成9年」『新语・流行语大全 1945-2005』自由国民社、2005年、262ページ。 (ISBN 4-426-11012-2)
  2. ^ 米川明彦『日本俗语大辞典』东京堂出版、平成15年、527ページ。 (ISBN 4-490-10638-6)
  3. ^ 『SHOXX』2008年3月号 Vol182、音楽専科社、2008年。
    『FOOL'S MATE』2008年5月号、フールズメイト、2008年。
    『CURE』2008年1月21日号 Vol54、エイジアハウス、2008年。
    『Zy[zi:] 』No.38、株式会社ジィー・コネクション、2007年。
  4. ^ a b マーティ・フリードマンマーティ・フリードマンのJ-POPメタル斩り/延长戦 歌舞伎を逆输入!? 日本にビジュアル系ロックバンドが多いわけ、そしてX JAPANの功绩とは…」 日経トレンディネット、2007年11月7日。(閲覧:2008年1月1日。)
  5. ^ [1]