民主主义

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民主主义(みんしゅしゅぎ)、又は民主政(democracy)とは、诸个人の意思の集合をもって物事を决める意思决定の原则・政治体制をいう。

目次

[编集] 概要

民主主义は个人人権である自由平等参政権などを重视し、多数决を原则として意思を决定することにより、人民による支配を実现する政治思想である。単纯な多数决と混同されることが多いが、単纯な多数决では、単に多数であることをもって、その结论が正当であるとの根拠とするものであるが、民主主义として把握する场合には、最终的には多数决によるとしても、その意思决定の前提として多様な意见を持つ者同士の互譲をも含む理性的対话が存在することをもって正当とする点で异なると主张される。

话し合いの场(日本で言えば国会など)で意见が复数出た时は、内容の良し悪しや内容より互いの立场や以后の支持に対する损得で意见する为、折り合いがつきにくく、话し合いが长期に及ぶことにより迅速かつ有意义な政治决定が行われにくいという欠点がある。

民主主义を无条件に広めると、知的教育を受けていない人、恐怖や怒りなどの个人の损得感情に影响されやすい非理性的な人も有権者となり、结果として衆愚政治となりかねない危険がある。逆の言い方をすれば、民主主义の成功のためには国民の有権者全体が知的教育を受けられること、恐怖やマスコミによる扇动に惑わされず理性的な意思の决定ができる社会が不可欠である。

法的概念における民主主义は、君主制などと対応する概念であり、连邦主义などとは并存するものである。

[编集] 概念

哲学的には、デモクラシーの日本语訳で、君主に対応する概念(対概念)として「民主」という概念を设け、人民ないしは国民が、支配の正统性および実际の政治権力の双方の意味を含む主権を有するものとして、为政者たる「民主」と、被治者たる人民が同じ(治者と被治者の自同性)であるとする政治的な原则や制度を言う。「民主政治」という訳语がより原义に近いという意见もある。哲人政治などの治者に何らかの条件を求めるものと违い、治者と被治者の自同性のため、失政による被治者への损害は确実に治者によって补偿される。

政治学では民主政・民主主义を区别する必要からdemocracy(民主政・民主制)、democratism(民主主义、民主政イデオロギー・民主制)と区别することがある。民主制はやや惯用表现。democracyはdimokratía(δημοκρατία)が语源で、人民支配、人民(主)権の意。そのほかOligarchy(寡头支配)やMonarchy(専制支配)の三分类がヘロドトス『歴史』に登场し、プラトンアリストテレスが贵族支配や君主支配の概念とともに整理し、のちモンテスキューらに引用された。

日本においては、幕末、democracy(民主主义)とrepublicism(共和主义)の概念が混同され、どちらも「共和」と邦訳されることもあった。

民主主义は「过去の人々」がもし现在の意思决定に参加したならどう判断するか?、という视点、あるいはまだ生まれていない人々がもし现在の课题に対して意思决定に参加したならどう判断するか?、といった视点から、単なる现在「たまたま」参加できる投票者による多数决を否定する论调(歴史主义)が存在する。歴史主义は保守・革新の双方から尊重される一方で、现実に直面している课题を解决することを先延ばししているだけであるという批判に対して论理的な证明を持たない弱点がある。国民を歴史的な存在と抽象することは代表民主制においての论题の一つである(⇒ナシオン主権とプープル主権参照)。歴史主义を强调すると検证不能な歴史観なるものを背景に独裁政を助长する可能性がある(唯物史観による共産党一党独裁や皇国史観など)。

[编集] 民主主义と民主政

民衆の力を背景として行われる政治が民主政であり、これを意思形成の原则として主唱する政策理念が民主主义である。民主政は神権政、君主政、贵族政、共和政、独裁政などに対置される。民主政はコミュニティにおける意思决定に民衆が関与するだけでなく、その政策の运行も担当することを前提としており、その意味において「民主主义」とは一线を画する。ルソーは、政策の运行権を人民全体ないし多数者に任せるのを民主政、少数者に任せるのを贵族政、一人に任せるのを君主政とした[1]。人民集会では立法権(意思决定)が民衆に属さなければならず、一方で运行権は、立法者、あるいは主権者としての人民一般には属しえないものであり、公仆たる政府に委任するものとした。[2]

なお一般に、民主政と民主制を混用し、民主体制の対立概念に独裁体制や一党体制が用いられることが多いが、现実には独裁と言われた国家社会主义ドイツ労働者党(いわゆるナチス党)が、演説により支持者を増やし、选挙によって第一党の座に座ると言う実に民主的な方法で政権を握ったように(民主主义体制下における独裁政)、独裁者が民主的に选ばれることもあるため、必ずしも対置するものではない。寡头制の鉄则[3](⇒寡头制)という言叶があるように、どのような体制であっても権力は究极は集中するものであり、独裁主义に対置するものは、正确に言えば民主主义というよりも自由主义である[4]。为政者が少数派の政治活动や、言论の自由や思想の自由を弾圧するようになれば、たとえ大衆の支持があったとしても独裁的(非自由主义)と呼ばれる。

戦う民主主义は、民主主义を価値中立的で纯粋に手続的な保证から踏み出し、民主主义的な価値に拘束し防卫するため、政党・结社の自由や表现の自由の一部を制限・禁止する[5]ことがある。

[编集] 现代における议会制民主主义国家の基准

明らかに独裁体制である国が民主国家を自称している场合もあるので、外部からチェックできる基准として以下のようなものが用いられる。この议论はポリアーキー(Polyarchy)と呼ばれ、たとえばPolyarchyの草案者ロバート・ダールは7つの基本的条件を挙げている[6]。 すなわち1)行政决定を管理する选挙された官吏、2)自由で公正な选挙、3)普通选挙、4)行政职に対する公开性、5)表现の自由、6)代替的情报(反対意见)へのアクセス権、7)市民社会组织の自治。


またフランシス・フクヤマによれば次のような基准が提案される。すなわち

  • 相対立する复数立候补者が存在する、自由で、无记名で、定期的な男女普通选挙の実施
  • 普通选挙によって构成された议会が立法権の最高権限を持っていることの宪法などの公式文书での明文化
  • 议会内における相互批判的な复数政党の存在
  • 自由で多様な行政府批判を行う国内大手メディアが存在し、それを不特定多数が閲覧できること。

などである。世界には多様な民主国家が存在しているが、これらはおおむね共通して存在する基准である。逆に、これらを満たしていない民主国家はまだ改革の余地がある民主体制だと认识される[7]

[编集] 分类・种类

[编集] 歴史

[编集] 古代インド

民主主义文明の最古の一例は古代インドに见られる。リグ・ヴェーダの中で国々はほとんど君主制の面が描かれているが、SabhaとSamitiと呼ばれる民主的机関があったことも述べられている。Sabha(サンスクリットで集会を意味する)は选挙集会あるいは重要な族长达の集会という意味で散见される。Samitiは特别な事态にのみ招集される族内全ての男性の集まりと解釈されている。SahbaとSamitiは王権を抑止する働きがり、リグ・ヴェーダの中で”パラジャパティ神の娘达”と表されているように、半神的な存在だった。

ブッダ诞生以前にあった多くの共和国(それらは纪元前6世纪以前に起源がさかのぼり、このうち现ビハール州にあったヴァイシャリを首都とするリッチャヴィ(Licchavis)に最初の共和制が成立したとされる)のうちいくつかでは民主主义的なシステムー Sangha、Gana、Panchayat ーが用いられていた。 后の4世纪アレクサンダー大王の时代、ギリシャ人学者が Sabarcae と Sambastai (今のパキスタンアフガニスタン)のことを" 行政は民主的であり、王政ではない " と书いている。

古代インドにおける民主主义の别の一例としては、パーラ朝の创始者ゴーパーラが地方名士の选挙によって王として选出された出来事があげられる。 また古代インドでもっとも注目すべき共和国としてアショーカ王に侵略されたカリンガ王国がある。

[编集] 古代ギリシアの民主政

现代の民主主义は古代ギリシア都市国家(ポリス)にその起源を见ることができる。古典ギリシア语のデモス(demos、人民)とクラティア(kratia、権力・支配)をあわせたデモクラティア(democratia)がデモクラシーの语源である。しかし古代ギリシアの民主政は各ポリスに限定された「自由市民」にのみ参政権を认めただけのものであった。例えば女性や奴隷は自由市民とは认められず、またギリシア人であっても他のポリスからの移住者には市民権が与えられることは少なかった。だが、やがて一部の扇动的な政治家の议论に大衆が流され衆愚政治化していき、やがてアテナイを初めとする民主政の国家は君主制寡头制の国家に败れて衰退する事になった。

このため、ソクラテスクセノポンプラトンアリストテレスアリストパネスと言った知识人はこれを批判的に捉え、以后民主政は无统制で无责任、无能力な人间が政治を动かしていくという、いわゆる「衆愚政治」の悪名を持って呼ばれる事になり、以后大衆には国家を统治する能力はないとする政治学的な常识が人类史に定着する事になった。

[编集] 外部リンク

[编集] 近现代の民主主义

今日的な意味での民主主义は西欧の近代市民革命を通して広まり、近代市民社会の根本的原理となった议会制民主主义である。三権分立の轨迹も含めその発现形态は地域によって一様ではないが、自由・进歩・同胞爱の标语を掲げたフランス革命アメリカ独立戦争の影响を通して、また多数决により选ばれたヒトラーなどの独裁制の経験を経て、现代では自然権が民主主义における普遍的価値観として定着してきた。民衆による意思决定、権力の分立、自然権を前提とした立宪主义による民主主义は、あくまで君主政や寡头政、独裁政よりもマシな制度という批判は强く、そこにおいても大局観や広い视野、教养を并せもつエリートの存在が不可欠であるとされる。

[编集] レイプハルトによる民主主义类型

アーレンド・レイプハルトは、世界の民主主义诸国を多数决型民主主义合意形成型民主主义に类型化した。

[编集] 多数决型民主主义

ウェストミンスターモデル」とも言われる。アングロサクソン诸国が该当する。二党制、単独政権、首相もしくは大统领の优越、小选挙区制多元主义中央集権的単一国家、一院制软性宪法宪法裁判所の不在、従属した中央银行などのうち、多数の点に当てはまることを想定している。

[编集] 合意形成型民主主义

「コンセンサスモデル」とも言われる。ヨーロッパ大陆の小国が该当する。多党制、连立政権、议会もしくは政党の优越、比例代表制コーポラティズム地方分権连邦制二院制硬性宪法、宪法裁判所の存在、独立した中央银行などのうち、多数の点に当てはまることを想定している。

[编集] トリビア

「デモクラシーというものは、腐败した少数の権力者を任命する代わりに、无能な多数者が选挙によって无能な人を选出することである」(バーナード・ショーの言叶)

[编集] 参考文献

  • 中村浩尔『现代民主主义と多数决原理-思想としての民主主义のために』法律文化社、1992年。ISBN 978-4589016294
  • 福田歓一『近代民主主义とその展望』岩波书店<岩波新书>、1977年。ISBN 978-4004200017
  • アーレンド・レイプハルト『民主主义対民主主义-多数决型とコンセンサス型の36ヶ国比较研究(ポリティカル・サイエンス・クラシックス)』粕谷佑子訳、劲草书房、2005年。ISBN 978-4326301584

[编集] 関连项目

[编集] 脚注

  1. ^ 「社会契约论」第3编第3章
  2. ^ 「社会契约论」岩波文库、P83,P140
  3. ^ 现代民主主义における政党の社会学 ミヘルス[1]
  4. ^ 法学史讲要 栗生武夫p.14[2]
  5. ^ ドイツ连邦共和国における政党禁止の法理 山岸喜久治 早稲田法学67巻3号(1992年)[3]
  6. ^ *「民主化指针の考察と検证」藤原郁郎 立命馆国际研究第4号(2003年度)[4]
  7. ^歴史の终わりフランシス・フクヤマ
ウィキクォート
ウィキクォート民主主义に関する引用句集があります。
ウィクショナリー
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