冲縄県
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
冲縄県(おきなわけん)は、日本の南西部、かつ最西端に位置する都道府県である。県庁所在地は那覇市。
目次 |
概要
気候は八重山列岛・多良间岛・冲大东岛では最寒月平均気温が18℃以上の热帯に属し、それ以外の地域でも亜热帯に属する。
歴史的には、明治时代の琉球処分まで、日清両属の琉球王国であった。その为、他の都道府県とは异なる文化・习俗が根付いており、これらを生かした観光産业が盛んである。また、国内有数の长寿地域としても知られ、その食生活等が注目を浴びている。
太平洋戦争では地上戦(冲縄戦)の末米军が占拠したことから、1972年まで一贯してアメリカ军の施政権下に置かれた。现在でも多くの米军基地が存在しており、重要な政治问题となっている。
地理
- 日本列岛の南、南西诸岛の内琉球诸岛を占める。
- 49の有人岛と多数の无人岛からなる。0.01km²以上の面积を持つ岛は160岛ある。最东端から最西端までは约1,000Km、最北端から最南端までは约400Kmと、広大な県域を持つ。
- 全国で唯一、一级河川のない都道府県である。
- 离岛が多いものの、离岛の医疗は人材的・経済的理由から不足気味であり、病院がなく诊疗所のみという岛も多い。その为、离岛で治疗できない急患患者の冲縄本岛への空输を陆上自卫队や海上保安庁が行っている。なお、宫古岛、石垣岛には県立の総合病院が设置されているため、それらの岛の周辺离岛での急患は冲縄本岛ではなく宫古岛や石垣岛に搬送される场合もある。
- 県庁所在地である那覇市の1,000Km圏内には台北、福冈、上海、福州、1,500Km圏内には大阪、ソウル、マニラ、香港等があり、东アジア・东南アジアと日本との接点とも言える位置にある。
- 冲縄本岛の中部・南部は那覇市・冲縄市を中心として都市化・人口集中が进んでおり、全面积の约5分の1に110万人以上が居住している。
- 本岛南端の纟満市周辺は冲縄戦の激戦地であり、ひめゆりの塔等を含む地域が冲縄戦迹国定公园に指定されている。
- 亜热帯で生物に好适な気候に恵まれ、贵重な动植物が多い。冲縄本岛北部には山原(やんばる)と呼ばれる森林が広がっており、ノグチゲラ、ヤンバルクイナ、ヤンバルテナガコガネといった天然记念物等贵重な生物が生息している。山原と冲縄本岛の海岸线の一部、庆良间诸岛等が冲縄海岸国定公园に指定されている。西表岛一帯および石垣岛の一部が西表石垣国立公园に指定されており、マングローブ林が広がる他、イリオモテヤマネコ等の贵重な生物が生息している。
- 2005年〜2007年の6月に梅雨前线の影响で大雨と雷が冲縄本岛を袭い、各地で冠水、土砂崩れ、崖崩れ等が相次いだ。
- 平年値では年间を通じて降水量が多いが、梅雨と台风による降雨が多いこと、年による変动が大きいこと、大きな河川がなくすぐに海に流れてしまうことなどから、気候・地形的に水不足に陥り易い。また、1946年に约51万人だった人口が、本土复帰の1972年に约96万人と増加し、需给関系から1990年代前半までしばしば水不足による断水が行われた[1][2]。特に1981-1982年の渇水では日本最长の326日间にわたって给水制限が実施された。その为、屋根の上などに给水タンクを设置している家が多い。しかし、冲縄本岛北部から南部への导水が进み、2005年に県人口が约136万人と増加したものの、断水に见舞われることは减った。
- 「地震大国」と言われる日本において、九州などと同じく一年あたりの(有感)地震回数が少なく、また気候や人口密度などの面から最も地震に関するリスクが少ない地域のひとつとされていた(地震の発生度や発生时の被害の大きさを示す地震地域系数が全国で唯一「0.7」の県となっているが、この値は后年见直される可能性もある)。しかし、损害保険料率算出机构の最新の统计集では2等地となっており、特段リスクが低い地域と见なされなくなった。
- 人口密度は全国で第9位で、三大都市圏の都府県を除くと福冈県に次いで2番目に多い。
気象
- 気候は冲縄诸岛(冲大东岛を除く)・宫古列岛(多良间岛を除く)・尖阁诸岛では亜热帯性で温帯に属し、八重山列岛・多良间岛・冲大东岛では热帯性気候で热帯雨林気候である。冲縄県各地方共高温多湿で年间降水量は2,000ミリメートル以上。年间平均気温は摂氏约22度前后。 また冲縄地方は台风银座と呼ばれており、毎年多くの台风が接近する。
自然公园
歴史
- 1879年(明治12年)3月、琉球処分により冲縄県が设置された。
- 1945年(昭和20年)アメリカの统治下に入る。
- 1972年(昭和47年)5月15日、日本に复帰した。27年间、アメリカの统治下にあった。
政治
知事
议会
冲縄県议会も参照
冲縄県议会议员选挙は统一地方选挙では実施されない数少ない都道府県议会议员选挙の1つである(他は东京都、茨城県)。これは、日本复帰后の选挙が1972年6月25日に行われたことによるためで、他の2都県(议会の解散)とは事情が异なる。
人口
合计特殊出生率・自然増加率・14歳以下の人口の割合は全国一高い。
年齢构成
年齢5歳阶级别人口
2004年10月1日现在推计人口
総计 [単位 千人]
| 年齢 | 人口 |
|---|---|
| 0 - 4歳 | |
| 5 - 9 | |
| 10 - 14 | |
| 15 - 19 | |
| 20 - 24 | |
| 25 - 29 | |
| 30 - 34 | |
| 35 - 39 | |
| 40 - 44 | |
| 45 - 49 | |
| 50 - 54 | |
| 55 - 59 | |
| 60 - 64 | |
| 65 - 69 | |
| 70 - 74 | |
| 75 - 79 | |
| 80歳以上 |
年齢5歳阶级别人口
2004年10月1日现在推计人口
男女别 [単位 千人]
- データ出典:第10表/都道府県, 年齢(5歳阶级), 男女别人口-総人口
(総务省统计局)
| 冲縄県と全国の年齢别人口分布図(比较) | 冲縄県の年齢・男女别人口分布図 | ||||||||||||||||||
|
■紫色は冲縄県
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
| 総务省统计局 / 国势调査(2005年) | |||||||||||||||||||
有形文化财建造物
- 重要伝统的建造物群保存地区
文化
日本国内においては、独自色の文化を持つ。冲縄県の歴史・冲縄県の文化なども参照されたい。
宗教
琉球の信仰も参照。
- アニミズムを基本としており、本土の神道の原形に近いと言われている。琉球神道とも言われ、本土の神社に当たるものとして御岳がある。また、祖先崇拝の风も强く残る。
- 仏教はないことはなかったが、王族や一部の上层阶级が信仰するのみで一般の农民にはほとんど浸透しておらず、葬式の仪礼の一部に用いられるにとどまった。现在でも仏教信者の数は本土に比べると极端に少ない。近年葬仪は一応仏式で行われるようになったが、本土のように宗派别の僧侣ではなく、无宗派の僧によって执り行われる场合が多い。また、僧とは别にユタを呼ぶ事例もある。
- 墓は自然のほら穴等を使った岩阴墓や崖を掘り込んだ掘込墓から、中国の影响を受けた亀甲墓へと変わり、现在では破风墓が通用である。また、遗骨の処理方法も风葬や洗骨をする风习があったが、近年では保健所等の指导や妇人运动の结果、多くの地域で火葬が実施されるようになった。
芸能等
独特の音阶を持つ音楽がある。民謡は现在も盛んに歌われるほか、ポピュラー系の音楽ジャンルにも影响が大きい。冲縄音楽、BEGINなどを参照。
料理
- 详细は冲縄料理を参照
仏教の影响が弱かったことから、本土のように肉食の禁忌がなかったため(牛肉のみ王府によって禁止)、豚肉料理が伝统的に発达しており、ヤギの肉を食べることもある。豚の血液を料理するチーイリチーは、冲縄県ならではのものといえる。食生活には北海道産の昆布がよく使われる。
その他、アメリカ占领时の食文化も今日に受け継がれている。
経済
産业
- 2003年度の県内総生産は约3兆5755亿円(→県民経済计算)。一人あたり県民所得は全国最下位で、全国平均の70%である。失业率は全国一高い。
- 离岛県であることから、生産できない生鲜食品・家电・自动车等、他県から移入する必要があるものは输送费の分だけ県外に比べ割高となってしまう。しかし、本土の地方と比べて、特别物価が低くはなっていない。
- 産业别人口の割合では全国平均と比べて加工业を主とした第二次産业の比率が低く、サービス业を主とする第三次産业の割合が高い特徴がある。
- 伝统・歴史・自然を生かした観光産业が盛んである。ただし、冲縄本岛のリゾートホテル付设や公営の海水浴场の多くは、ワイキキビーチと同様に人工海浜であり、観光资源ではあるが「冲縄の自然」ではない。
- 観光客数はで5,153,200人(2004年冲縄県调べ)である。访れる外国人観光客は、台湾(75%)、米国(11%)、韩国(4%)、香港(2%)、中国(2%)という比率になっている(2002年[3])。米国からの観光客は、基地関系者が多く含まれる。
- 日本唯一の热帯・亜热帯性気候を生かし、マンゴー等のトロピカルフルーツや、サトウキビ、タバコ、ゴーヤーといった农作物が生産されている。また、ブリやクルマエビの养殖も盛んである