爆风スランプ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

爆风スランプ
基本情报
别名 BAKUFU-SLUMP
出身地 日本
ジャンル ロック
活动期间 1982年 - 1999年
2004年
2005年
レーベル CBSソニー
1984年 - 1991年
Sony Records
(1991年 - 1999年)
事务所 アミューズ
公式サイト [1]
メンバー
サンプラザ中野ボーカル
パッパラー河合ギター
ファンキー末吉ドラムス
バーベQ和佐田ベース
旧メンバー
はひふへほーじん(江川ほーじん)(ベース)
(1982年 - 1989年
  

爆风スランプ(ばくふうスランプ、BAKUFU-SLUMP)は日本のロックバンド1984年メジャーデビュー。

ヤマハ音楽振兴会主催のバンドコンテストであるEastWest1981年)にて、最优秀グランプリを受赏した『爆风铳』(バップガン)のメンバーであったファンキー末吉江川ほーじん、优秀グループ赏を受赏した『スーパースランプ』のサンプラザ中野パッパラー河合の4人により结成される。以降1999年4月に活动を休止するまで、息の长い人気を夸った。 1987年から1995年の间、表记をBAKUFU-SLUMPとしていた。

活动休止から7年を経た2005年12月1920日には、新宿コマ剧场で「45歳のフェス」(19日「恋爱の日」、20日「青春の日」)が公演された。

现在は、メンバーのファンキー末吉が北京在住のためか、活动中とも休止中とも决まっておらず、数年に一度、不定期にてライブが行われている。

目次

[编集] メンバー

过去に在籍したメンバー

[编集] 活动の歴史

[编集] メジャーデビュー前后

当初、ユニークな歌词やライブで客席に消火器をばら撒いたり、スイカを投げたり、头の上に花火を置いたりするなど过激なパフォーマンスをしていたため、“コミックバンド”という见方をされていた。そのため、メジャーデビュー当时は同じソニー系列のレコード会社に所属していた圣饥魔IIFITZBEATレーベル)、米米CLUBCBSソニー)と合わせて「ソニー三大色物バンド」と呼ばれていたこともあった。デビュー当时の所属事务所はオフィスすいか。

1985年6月に夜のヒットスタジオDELUXEに初出演を果たすが、オープニングトークで头の上に火を付けたり、スタジオ内を歩き回り出演者やオーケストラ演奏者と握手したり、花火を口にくわえたり大暴れ。その后も同番组に出演した际は、THE ALFEEのセットを壊したり、テレビカメラの上に乗ったりと大暴れし続ける。 この数日后にザ・ベストテンにスポットライトで出演した际も、スタジオ内を暴れまわる。

1985年12月13日に、日本武道馆での初ライブを果たす。1984年に九段会馆でライブを行った后、中野がトイレの窓から武道馆を见て、あそこでライブをやりたいなーと思った后、レコード会社から「来年武道馆を予约しておきました。」と言われ、武道馆でのライブが行われることになったという逸话がある。 サンプラザ中野は、自分たちが武道馆を満席に出来るわけがないと思っていた。そこから発想して「武道馆に空席があるのは、ペンフレンドを诱ったが来なかった男の子がいるから」、という言い訳ソングが作られた。后に彼らの代表作の1つとして评価されることとなる「大きな玉ねぎの下で」である。

その后は强力なリズムセクションを拥した実力派バンドとして徐々に认められていった。

[编集] Runnerのヒット

バンド活动に限界が见え始めてきたことから、1986年にプロデューサーとして新田一郎を迎え、新田が社长を务める代官山プロダクションに移籍した。新田はまず、売れることを目的とした活动を始めることにしたが、江川ほーじんがそれに反発して遂には脱退を决意。末吉の作った曲に、中野が辞めていく江川の姿を词にして、「Runner」が诞生、1988年に発表された。

その后NHK音楽番组ジャストポップアップ』にて演奏し、番组の元にリクエストが杀到。これがきっかけで、1988年NHK红白歌合戦にも出场を果たし、翌年(1989年1月9日の二度目の武道馆公演を行った。そして江川はこの公演を最后に去っていく。

天才・たけしの元気が出るテレビ』の挿入歌やテレビドラマ『疑惑の家族』の主题歌に使用された「Runner」は、初のビッグヒットとなり、高校野球のブラスバンドの応援における定番曲としても定着し、カラオケでもノリのいい曲として脚光を浴びた。爆风スランプの代表曲としてこの曲を挙げる人も多くいる。しかし新田の売れ线を狙った活动や独特のベースを聴かせていた江川が去ったことがきっかけで、初期からのファン离れも生じた。

江川脱退后、ベーシスト不在期间のテレビ出演などに际しては、古くから亲交がある圣饥魔IIゼノン石川(现・石川俊介)、THE ALFEE桜井贤プリンセス・プリンセス渡辺敦子男闘呼组高桥一也スターダストレビュー柿沼清史カシオペアのキーボーディスト向谷実(シンセベースを演奏)、千叶のローカルタレントジャガーなどのミュージシャンが代役を务めた。その后、兄弟バンド的な存在だったTOPSベーシストだった和佐田达彦(バーベQ和佐田)が正式メンバーとして加わった。爆风スランプとしてのメンバーチェンジはこの时だけである。

ちなみに、同时期に活跃した圣饥魔IIやTOPSとは亲交が深かったこともあり、共同でライブを行ったり、TOPSのボーカルの三井雅弘はTOPS解散后、爆风スランプのマネージャーを行ったりもした。プリンセス・プリンセスとは、中野が住んでいたアパートにプリンセス・プリンセスのプロデューサーが住んでいたこともあり、よく一绪に酒を饮んでいて、プリンセス・プリンセスはこの时、「私达、本当に売れたいんです。」と话していたという。

[编集] ヒット曲の连発〜长期休养

1989年に现在の所属事务所アミューズに移籍してからも、「月光」「リゾ・ラバ」とヒット曲を続々と生み出し、アルバム『しあわせ』に収められていた「大きな玉ねぎの下で」もリメイクによって大ヒットとなった。この时期、冠番组爆风スランプのお店(爆店)』も放送されている。その后、メンバーの疲労も蓄积したため、个々のメンバーが海外へ出向き长期休暇を取ることとなった。

海外での経験はアルバム『ORAGAYO〜in the 7th heaven〜』に生かされ、アルバム『In the 7th heaven』にはサンプラザ中野・パッパラー河合が南アフリカでの政治デモで演奏した曲(生録音)が収録された。また、中国へ出向いたファンキー末吉はそれ以来中国に魅せられ、ついには中国に活动の主轴を移し"Asian Drum King"と呼ばれるようになった。

しかし、长期休养后に発売されたアルバム(『ORAGAYO〜in the 7th heaven〜』)・シングルの売れ行きは芳しくなく、结果的に「Runner」以前のコアなファン・「Runner」以降のファンを同时に失うこととなった。

[编集] 低迷期・ソロ活动

『ORAGAYO〜in the 7th heaven〜』の后に発売されたアルバム「青春王」はヒット曲「Runner」と同様に「青春」を轴に制作されたアルバムだが、これも売上は芳しくなかった。メジャーデビュー前后の「破天荒」、ミリオンヒットを生み出した「青春」という主轴を失った爆风スランプは、以降、ヒット曲らしいヒット曲は「涙2」「旅人よ」くらいで、长い低迷期をさまようこととなった。

その间、各メンバーはソロ活动を行うようになり、それぞれ成果を上げている。

  • サンプラザ中野
    • ジングルベルコンピレーション『Jingle All the Way!』(バップ)で「ジングルベル〜サンタさんとトナカイさん〜」を収録
  • ファンキー末吉・バーベQ和佐田
    • BBF(「爆风スランプのバーベQ和佐田とファンキー末吉」の略语)というユニットを组み、アルバム「ZUM ZUM PARADISE」をリリース
  • ファンキー末吉
    • ロックバンド「ノイズ・ファクトリー」のプロデュース
    • 中国でのアーティストのプロデュース
    • ソロアルバム「亜洲鼓魂」のリリース
  • パッパラー河合

[编集] 电波少年とのタイアップ

进め!电波少年中の企画「猿岩石のユーラシア大陆横断ヒッチハイク」の応援曲として「旅人よ〜The Longest Journey」が采用され、企画の人気と同様、ヒット曲となった。

直后に発売されたアルバム『怪物くん』は2枚组(初版限定)で発売され、爆风スランプ・レコード会社の力の入れ様がうかがわれるものだった。

[编集] 活动休止

アルバム『ハードボイルド』を発表した翌年、1999年4月に活动休止を発表。

[编集] 楽曲

曲は当初、中崎英也などの外部作曲家によるものも多少あったが、3枚目のアルバム『楽<RAKU>』(1986年)の顷より、ほとんどがメンバーの手によるものとなる。以降、作词のほとんどはサンプラザ中野によるものであり、また、作曲のほとんどは河合、末吉、江川らメンバーが手挂けたものとなった。『怪物くん』からは和佐田も本格的に作曲に参加し始めた。 サウンド面の特徴としては、まず「爆风铳」出身の末吉と江川によるヘヴィーでファンク色の强いリズムがあり、そこに、プログレッシヴ・ロックヘヴィメタルの影响の强いパッパラー河合のギターが、时に异様な音世界を缲り広げ、歌謡曲と童謡を织り交ぜた明るくもハスキーな中野のボーカルが乗るという独特なものであった。 同时期に活跃していたほかのバンドに比べて洋楽嗜好が强く、楽曲の几つかは有名な洋楽バンドの曲をパロディにしたものも多い。 また、江川のチョッパーベース奏法(スラッピング)は、1980年代の日本におけるファンク・ベースとしては随一のものであり、多くの若いベーシストの耳を1970年代のファンクに向けさせたという意味でも、音楽界に非常に大きな影响を与えた。

ヒット曲は「无理だ!」(「〜决定版」のほうは、歌词に不适切な部分【いわゆる放送禁止用语】があったため、NHKで放送禁止)、「Runner」、「リゾ・ラバ」、「大きな玉ねぎの下で」等がある。

[编集] パロディ

先述したように、爆风スランプの楽曲には海外の有名なロックの名曲をパロディにしたものがある。パロディ元をさがすのもまた一兴である。

[编集] 活动休止后

1999年4月に活动休止后、Vo.サンプラザ中野とGt.パッパラー河合スーパースランプを再结成。 Dr.ファンキー末吉とBa.バーベQ和佐田は、ハードロックバンドX.Y.Z.→Aにて活动中。 また、1989年に脱退した江川ほーじんは、ファンクバンド"RHINOCEROS"(ライナセロス)、ツインベースのバンド「ダブラーズ」などで活动中。

2004年の12月に、当时中野が火曜コメンテーターを务めていたABCテレビおはよう朝日です」の企画で一夜限りの再结成を果たし、大阪のABCホールで热唱。この时、和佐田もスキンヘッドにしていたためメンバーの4人中3人がスキンヘッド。久しぶりに歌ったせいか中野の声は不安定だった。

また、2005年12月19日 - 20日の2日间限定で再结成ライブ「45歳のフェス(恋爱の日・青春の日)を行った。20日のラストでは、中野が込み上げ歌えなくなった场面もあった。また、河合の弁髪が身体的事情により无くなったことも判明。ベースは初期オリジナルメンバーの江川ではなく和佐田である。このライブはUSENの无料パソコンテレビGyaOで放送された。

2007年12月30日には、1日限りの再结成として、名古屋のライブハウス「ELL」の「THANX! ELL 30th ANNIVERSARY SPECIAL」に参加し、2年振りのライブを行った。共演は175R。175Rは爆风スランプの6thアルバム『I.B.W-It's a Beautiful World-』の楽曲「それから」をカバーした。

[编集] ディスコグラフィ

[编集] シングル

  1. 周刊东京『少女A』(1984.8.25発売)
  2. うわさに、なりたい(1984.12.8発売)
  3. 无理だ!决定盘〜YOU CAN NOT DO THAT〜(1985.5.22発売・12インチシングル)
  4. 青春の役立たず(1986.2.26発売)
  5. らくだ(1986.6.21発売)
  6. まっくろけ(1986.9.5発売)
  7. 爱がいそいでる(1987.4.22発売)
  8. THE TSURAI(1987.9.21発売)
  9. きのうのレジスタンス(1988.4.8発売)
  10. ひどく暑かった日のラヴソング(1988.8.1発売)
  11. Runner(1988.10.21発売)
  12. 月光(1989.4.7発売)
  13. リゾ・ラバ -Resort Lovers-(1989.7.19発売)
  14. 大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い(1989.10.21発売)
  15. 45歳の地図(辛口生ヴァージョン)(1990.4.8発売)
  16. カネ(1990.10.21発売)
  17. おおBEJING(1991.1.21発売)
  18. 东京ラテン系セニョリータ(1991.6.21発売)
  19. がんばれ、タカハシ!(1991.11.1発売)
  20. 涙2(LOVEヴァージョン)(1992.3.1発売)
  21. 友情≧爱(1992.7.22発売)
  22. さよなら文明(1992.10.21発売)
  23. マンビー人生(1993.5.21発売)
  24. 胜负は时の运だから(1994.2.21発売)
  25. 爱のチャンピオン(1994.7.21発売)
  26. 神话(1995.2.22発売)
  27. 新しいことを始めよう(1996.5.22発売)
  28. 旅人よ 〜The Longest Journey(1996.9.21発売)
  29. 天使の涙(1997.6.1発売)
  30. モンスター(1997.8.8発売)
  31. 暖かい日々(1998.3.1発売)

[编集] その他

  1. ディスコGO!GO!ハイランダー(1989)※コスモ石油にて配布
  2. 涙2(青春ヴァージョン)(1992)※进研ゼミ「中学讲座」会员配布

[编集] アルバム

  1. よい(1984.8.25発売)
  2. しあわせ(1985.11.1発売)
  3. 楽(1986.10.22 発売)
  4. JUNGLE(1987.10.1発売)
  5. HIGH LANDER(1988.11.2発売)
  6. I.B.W. 〜It's a Beautiful World〜(1989.11.1発売)
  7. ORAGAYO 〜in the 7th heaven〜(1990.11.10発売)
  8. 青春王(1991.9.21発売)
  9. アジポン(1992.11.21発売)
  10. TENSION(1994.3.21発売)
  11. ピロリ(1995.4.21発売)
  12. 怪物くん(1997.1.22発売)
  13. ハードボイルド(1998.4.1発売)

[编集] ミニアルバム

  1. ダンスにGO-ON!(1991.8.23発売)

[编集] ベストアルバム

  1. 青春玉 -学生时代-(1992.3.30発売)
  2. 决定版!爆风スランプ大全集(1994.10.1発売)
  3. 决定版!爆风スランプ大全集2 〜The Very Best Of パッパラー河合〜(1997.1.22発売)
  4. SINGLES(1999.4.1発売)

[编集] その他

  1. 爆风伝説 〜Legend of BAKUFU-SLUMP〜(非売品)
  2. STAR BOX BAKUFU-SLUMP(1999.1.30発売)
  3. STAR BOX EXTRA(2001.12.5発売)

[编集] ダウンロード

  • 45歳の地図 〜リストラバージョン〜(着メロでのダウンロード配信。)

[编集] 未発表曲

  • ほらアホになる
  • 坂出 マイ・ラブ
  • 音头でちゃぶ台
  • ふんだりけったり
  • よいこの动物园
  • 同じ道
  • 夏の海
  • AIDSのうた
  • 清き一票

[编集] ビデオ

[编集] ライブビデオ

  1. BAKUFU-SLUMP 武道馆ライブ'85(1986.4.21.発売)
  2. 爆风元年(1988.5.21.発売)
  3. I.B.W TOUR 1990(1990.6.21発売)
  4. ORAGAYO ワールドテレビ(1991.3.21発売)
  5. 决定版 爆风スランプ大全集 君はあの野音を见たか(1994.11.2発売)

[编集] PV集

  1. MADE IN HONGKONG(1985.7.1発売)
  2. BAKUFU-SLUMP VIDEO CLIPS(1988.12.1発売)
  3. BAKUFU-SLUMP in バトルヒーター "THE BLUE BUS BLUES"(1989.9.21発売)
  4. Dancer 踊る踊る俺たち(1991.8.23発売)
  5. BAKUFU-SLUMP VIDEO CLIPS 2(1992.9.21発売)

[编集] ビデオシングル

  1. 呜呼!武道馆(1985.12.13発売)
  2. 45歳の地図(1990.9.21発売)
  3. おれはイナズマ(1991.1.21発売)

[编集] タイアップ

  • 映画にはメンバー全员が出演した。
  • キリンビバレッジ FIRE 挽きたて工房」CMソング(「挽きたての歌(原题・「无理だ!〜YOU CAN NOT DO THAT〜」)」、2007年9月7日 - )
  • 本人达は歌っておらず、大泉洋が替え歌を歌っている。
  • ギターの演奏にはパッパラー河合が参加している。

[编集] 関连

[编集] 外部リンク