琴欧洲胜纪

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琴欧洲胜纪
四股名 琴欧洲胜纪
本名 カロヤン・ステファノフ・マハリャノフ
生年月日 1983年2月19日
出身 ブルガリアヴェリコ・タルノヴォ
身长 202cm
体重 155kg
所属部屋 佐渡ヶ岳部屋
成绩
现在の番付 西大関
最高位 大関
生涯戦歴 284胜148败14休(35场所)
幕内戦歴 213胜133败14休(24场所)
优胜 幕内优胜1回
十両优胜1回
幕下优胜1回
序ノ口优胜1回
殊勲赏2回、敢闘赏3回
データ
初土俵 2002年11月场所
入幕 2004年9月场所
备考
ヨーロッパ出身力士初の大関
元アマチュアレスリング欧州ジュニア王者。
2008年7月27日现在
  

琴欧洲胜纪(ことおうしゅう かつのり、1983年2月19日 - )は、ブルガリアヴェリコ・タルノヴォ出身で佐渡ヶ岳部屋所属の现役大相扑力士。本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフブルガリア语Калоян Стефанов Махлянов、ラテン文字転写例:Kalojan Stefanov Mahljanov)。

目次

[编集] 人物

身长202cm、体重155kg、握力120kg。长身と、懐の深さ、抜群の格闘技センスで番付を駆け上がり、初土俵から所要11场所で入幕。

2005年11月场所终了后に大関に升进した。最高位は东大関(2007年1月场所、2008年3月场所・7月场所)。得意手は右四つ・寄り。通称カロヤン、趣味は映画鉴赏、好物はラーメン血液型はO型。

端正な顔立ちで人気も高く、一时期は「角界のベッカムとも呼ばれた(因みにベッカムと最初に形容したのは大相扑中継にゲスト出演した大村昆である。)。しかし琴欧洲の好きなサッカー选手は母国の英雄フリスト・ストイチコフである。

左上手を取ってからの强烈な投げや寄りが得意だが、総じてプレッシャーに弱いところが弱点とされている。势いでとっている面があり、调子がいいときには横纲をも负かすが、悪いときには平幕にもあっさり负ける面がある。しかしながら、将来の角界を担う存在として日本国内はもちろんのこと海外からも期待を集めている。

朝青龙とは相性が悪く、対戦成绩は琴欧洲の4胜12败。また、横纲白鹏にも相性があまり良くはなく、成绩は琴欧洲の6胜12败。平幕では若の里と相性が悪く、対戦成绩は琴欧洲の2胜7败。安美锦豊ノ岛にも相性が悪く、安美锦には不戦胜含め6连败中で5胜9败、豊ノ岛には4连败中で3胜5败。逆に千代大海には相性が良く、対戦成绩は琴欧洲の12胜5败。高见盛戦は6戦全胜で、胜率で朝青龙(10胜1败)、白鹏(5胜1败)の両横纲を上回っている。

[编集] 来歴

[编集] 入门から関脇

レスリング経験者で、欧州ジュニアチャンピオンの実绩も持つ。当初はオリンピックをめざすがレスリング竞技において无差别级が廃止となった事もありレスリングの道を断念し、佐渡ヶ岳亲方(当时=元横纲琴樱)のドイツ在住の知人で実业家の中本氏(部屋の元床山)を介して来日。四股名はヨーロッパ出身であることに由来し、下の名前の“胜纪”は师匠の现役时代の四股名である“ 琴樱 杰将”の名前の読み(まさかつ)の一部と本名“鎌谷 雄”から一文字ずつ取った。师匠の佐渡ヶ岳は停年前、横纲升进の际には自身の现役名(琴樱)から樱を譲り『琴樱州(読み方はそのまま)』への改名を考え、土俵入りの型も决めていたが、后に改名については撤回した。

小结で迎えた2005年3月场所では4胜11败に终わった(前场所前头4枚目での9胜6败による、やや幸运な升进であったため致し方ない面もあった)。2005年7月场所の结果は12胜3败だが、优胜争いの千秋楽で极度の紧张から自分を见失いあっけなく黒星を吃した。また、この场所は10日目の旭鹫山戦で胜ち越したが、相手の引きに手を付いたようにも见えた微妙な一番であった。

2005年9月场所には関脇升进を果たし、それまで大鹏千代の富士が持っていた、新関脇での初日からの连胜记録(8连胜)を大幅に上回る12连胜の新记録を树立した。しかし、13日目朝青龙に败れ连胜はストップ。朝青龙に败れ部屋に帰る际にマスコミに雪駄を踏まれそれに怒り雪駄を地面に叩き付けた。その翌日の14日目には当时前头16枚目ながら优胜争いに加わっていた稀势の里にあっけなく败れ、12连胜の后2连败。千秋楽は大関千代大海に胜ち13胜2败の成绩で朝青龙と优胜决定戦を行い、13日目の本割に続いて彼に败れ、史上最速での初优胜は成らなかった。

翌场所では初日垣添に败れたものの、横纲朝青龙と大関千代大海を破り11胜(4败)を挙げ、场所后に大関升进。入门からわずか19场所での大関升进は年6场所が定着した1958年以降では幕下付出を除き史上最速であった。

[编集] 大関升进以降

大関升进伝达式においては、前师匠の元横纲琴樱と现师匠の琴ノ若夫妻が同席する异例の事态となった。これは、同场所中に琴樱が65歳停年を迎えたため、规定により佐渡ヶ岳部屋の力士が千秋楽まで土俵に上がれるよう、琴ノ若が引退して部屋を継承したことに、协会侧が配虑したもの。なお、琴ノ若はいわゆる「婿入り婚」のため、琴樱は退职后も亡くなる直前まで部屋での稽古に顔を出していた。

新大関の2006年1月场所は、初日に露鹏に败れたが、顺调に白星を积み上げて行き、一时は优胜争いにも参加したが终盘に负けが込み、10胜5败とまずまずの成绩だった。

幕内10场所目で大関2场所目だった翌3月场所は直前の稽古で右膝を痛め、一时は出场すら危ぶまれたが、本人の意思で何とか出场にこぎつけ、11日目に胜ち越したが终盘1胜3败で9胜6败だった。

翌5月场所も右膝と右足首が完治せず负け越しが危ぶまれたが、先代师匠の激励を受けて千秋楽にかろうじて胜ち越し8胜7败。次の7月场所も1胜2败から5连胜し6胜2败としたものの、そこから崩れ再び负け越しの危険が高まったが、またしても千秋楽に胜ち越して8胜7败。

その次の9月场所は序盘3连胜の好スタートを切ったが、中盘の3连败が响いて10胜5败に终わっている。场所后の2006年9月27日、成绩が伸び悩んでいたため、より良い画数を考え琴欧から琴欧(読みは同じ)に四股名を改名した。

その改名后の翌11月场所は序盘3连胜したものの、中盘での取りこぼしが响いて结局10胜5败だった(口の悪いファンからは、「中洲(福冈はおろか、九州随一の繁华街。11月场所は福冈开催)でモテたいから『州』を『洲』に変えたのだろう」という声もあったらしい)。

2007年1月场所は稀势の里に大関升进后にもかかわらず立合いの変化で胜利を収めたため、国技馆内からブーイングが起こった。2007年5月场所は、中日に7胜1败としておきながらそこから4连败を吃した(そのうち2败は平幕でその后连胜したが、千秋楽に败れ2桁胜利ならず)。この场所も稀势の里に変化で胜利したため国技馆内で更なるブーイングが発生。

2007年9月场所では新入幕の豪栄道の活跃で、大関という立场では対戦があるはずの大関・千代大海、横纲・白鹏との取组が外されてしまった。横纲・朝青龙、大関・魁皇が休场、大関・琴光喜が同じ部屋所属のため大関なのに大関以上との対戦がなかった。さらにそのような事态にもかかわらず下位力士に败れ8胜7败だった。

翌11月场所にはひざの古伤を痛めて、7日目に力士人生で初めての不戦败・途中休场となる。そのため、2007年は1度も2桁胜利を挙げることが出来なかった。改名の効果が全く出ていない状态が続き、「大関にあげない方が良かったのでは?」という声も闻かれていた。

2008年1月场所は初の大関角番となり、10日目までは7胜3败としたが11日目から3连败、14日目にようやく胜ち越して角番脱出の9胜6败に终わった。3月场所では、4日目の取组の际、左上腕部を负伤したこともあり8日目まで2胜6败という大関の名に耻じる不甲斐ない成绩であった。その为、9日目から通算2度目の休场に追い込まれ、悔しさのあまり涙した。

大関に上がるまでは、强烈な引き付けや投げを武器に优胜争いに加わる等活跃を见せていたが、大関升进后は怪我とそれに伴う大関陥落に対する精神的な不安から、一転して长身を持て余すようなスケールの小さい取り口となった。そのため、序盘から平幕力士相手にあっさり负ける相扑も何度か见受けられ、中日を过ぎる顷には优胜争いの中に琴欧洲の名前は殆ど残っていなかった。琴樱は生前この不振を「技术的なことよりも、精神的なことだよね」と语っていた。

2008年5月场所、北の湖理事长から天皇赐杯を授与される琴欧洲
2008年5月场所、北の湖理事长から天皇赐杯を授与される琴欧洲

ところが、体重を5キロ増やして临んだ5月场所で8连胜で角番脱出、さらに11日目、12日目と朝青龙、白鹏の両横纲に胜利し、优胜当前となる。ここで持ち前の悪い面が出现しガチガチに固まり13日目は安美锦に対し何も出来ず负けてしまったものの、周囲がフォローする形で、兄弟子の琴光喜が援护射撃で白鹏を破り2差とし、さらにその直后朝青龙が魁皇に败れ优胜圏外に外れる。そしてその翌日は平静さを取り戻し安马に胜ち、ヨーロッパ出身力士では初となる幕内最高优胜を果たした。次の2008年7月场所は本来纲取り场所となるところであるが、3月场所までは胜ち越すのがやっとだったこともあり、纲と言うよりは大関としての真価を问われる场所となった。しかし初日に苦手の安美锦に败れると7日目までに3败を吃し结局9胜6败に终わり、纲取りは白纸に戻った。

[编集] 略歴

[编集] エピソード

  • 2004年9月、出身国の名を冠したヨーグルトを贩売する明治乳业から化粧まわしを赠られた。同社は特约を结び、自社制のヨーグルトを纳入している。2005年大晦日放送の『NHK红白歌合戦』で审査员に招かれたが、グループ魂ボーカルの阿部サダヲの巧みな诱导で、「ブルガリア」とつい商品名を言ってしまった(君にジュースを买ってあげるを参照)。
  • ブルガリアの実家にいた顷は毎日约2キロものヨーグルトを食べていた。
  • CM出演の际に报道阵に日本のヨーグルトはどうかと质问された时は、「ブルガリアのとは违うけど、でも美味しい」と答えていた。
  • 2005年11月场所、自身が解答者として出演したフジテレビなるほど!ザ・ワールド」の悬赏が悬けられた。テレビ番组の悬赏金は异例である。
欧州连合(EU)の旗
欧州连合(EU)の旗
  • 2006年4月、EUより、をベースにデザインされた化粧まわしを赠られ、夏场所より使用している。ちなみに同年の明治乳业のCMでは、以前の化粧まわしを缔めている。当初は12の(白)星が描かれているため「12胜しかできない」意味で縁起が悪いと反発があったが、后に「残り3つの星は自分の力で胜ち取る」という激励の意味を付加することで受け取ることになった。
  • 同じブルガリア出身のJリーグ・サンフレッチェ広岛所属のイリアン・ストヤノフとは友人であり、ストヤノフが以前所属していたジェフユナイテッド千叶・市原の元监督であるイビチャ・オシム・前日本代表监督とも亲交がある。
  • TBS系の报道番组『ブロードキャスター』および『きょう発プラス!』で、高校时代に空腹から鸠を食べたという逸话が绍介された。その话をした高校时代のレスリング・コーチは伝闻で知ったのみである。ちなみに鸠は中国やフランスなどでは普通に食用にされる。
  • 故郷ブルガリアでは、敌役となった朝青龙の知名度も急速にアップし「アサショーリュー憎し」の声が高まっていた。ブルガリアの新闻は连日、琴欧洲の结果とともに朝青龙の取组も绍介。また、実家のあるジュルニツァ村の村长ヤンコ・コレフ・ヤンコフが「アサショーリューは威张ったやつだ。顔も见たくない!」と话すと、一绪にいた何人かの村人もうなずいた。

[编集] 幕内での场所别成绩

213胜 - 133败 - 14休场
优胜1回、殊勲赏2回、敢闘赏3回
琴欧洲胜纪
一月场所
初场所(东京)
三月场所
春场所(大阪)
五月场所
夏场所(东京)
七月场所
名古屋场所(爱知)
九月场所
秋场所(东京)
十一月场所
九州场所(福冈)
2004年
(平成16年)
(十両) (十両) (十両) (十両) 东 前头 #14
9﹣6
 
西 #10
11﹣4
2005年
(平成17年)
东 前头 #4
9﹣6
 
西 小结
4﹣11
 
东 前头 #5
10﹣5
 
东 小结
12﹣3
东 関脇
13﹣2
西 関脇
11﹣4
2006年
(平成18年)
西 大関 #2
10﹣5
 
西 大関
9﹣6
 
西 大関
8﹣7
 
西 大関 #2
8﹣7
 
西 大関 #2
10﹣5
 
西 大関
10﹣5
 
2007年
(平成19年)
东 大関
9﹣6
 
东 大関 #2
8﹣7
 
西 大関
9﹣6
 
东 大関 #2
9﹣6
 
西 大関
8﹣7
 
东 大関 #2
2﹣5﹣8[1]
 
2008年
(平成20年)
西 大関 #2
9﹣6[2]
 
东 大関
2﹣7﹣6[1]
 
西 大関 #2
14﹣1[2]
 
东 大関
9﹣6
 
x x
各栏の数字は、「胜ち-负け-休场」を示す。    优胜 引退 十両・幕下

三赏 : =敢闘赏、=殊勲赏、=技能赏     その他 : =金星
番付阶级 : 幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口

幕内序列 : 横纲 - 大関 - 関脇 - 小结 - 前头(「#数字」は各位内の序列)


[编集] 主な力士との幕内対戦成绩

2008年7月场所终了现在

力士名 胜数 负数 力士名 胜数 负数
豊ノ岛 3 5 千代大海 12 5
旭鹫山 4 2 栃东 6 5
安美锦 5 9(1) 魁皇 9 5
玉春日 2 0 黒海 8 4
露鹏 5 5 栃乃洋 3 2
普天王 8(1) 2 出岛 8 5
豪风 7 3 朝赤龙 5 5
高见盛 6 0 玉乃岛 6 2
土佐ノ海 2 1 白露山 1 1
北胜力 9 0 把瑠都 2(1) 1
时天空 8 6 豊真将 3 2
稀势の里 10 6 栃煌山 1 0
白鹏 6 12 鹤竜 3 1
安马 9 6 春日王 0 1
岩木山 8 1 海鹏 2 1
垣添 6 4 十文字 3 0
若の里 2 7 豪栄道 1 1
旭天鹏 8 2 若ノ鹏 2 1(1)
雅山 15 4
朝青龙 4 12

(カッコ内は胜数、负数の中に占める不戦胜、不戦败の数)

[编集] 主な成绩

2008年7月场所终了现在

  • 通算成绩:284胜148败14休(35场所)
  • 幕内成绩:213胜133败14休(24场所)
  • 大関在位:15场所
  • 三役在位:4场所(関脇2场所、小结2场所)
  • 幕内最高优胜:1回(2008年5月场所)
  • 三赏:5回
    • 殊勲赏:2回(2005年7月场所、2005年11月场所)
    • 敢闘赏:3回(2004年11月场所、2005年9月场所、2005年11月场所)
  • 金星:なし
  • 各段优胜:十両1回(2004年7月场所)、幕下1回(2004年3月场所)、序ノ口1回(2003年1月场所)

[编集] 改名歴

  • 琴欧州 胜纪(ことおうしゅう かつのり)2002年11月场所 - 2006年9月场所
  • 琴欧洲 胜纪(ことおうしゅう かつのり)2006年11月场所 -
右膝と足首の怪我の影响で不本意な相扑が続いていたので、字画を考えて付けた。

[编集] CM・TV

[编集] CM出演

[编集] TV・ラジオ出演

[编集] 脚注

  1. ^ a b 途中休场
  2. ^ a b 角番(全2回)

[编集] 関连项目

[编集] 外部リンク

先代:
栃东大裕(再)
大関
(在位:2006年1月-)
次代:
白鹏翔
执笔の途中です この「琴欧洲胜纪」は、相扑に関连した书きかけ项目です。记事を加笔・订正してくださる协力者を求めています(PJ相扑)。