石见焼
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
石见焼(いわみやき)は岛根県江津市を中心に旧石见国一帯で焼かれる陶器。饭铜(はんどう)と呼ばれる大瓮で知られるが、今日では多様なニーズに伴って、小振りの日用品が多く焼かれる。
[编集] 歴史
元々石见では窑业が盛んで、特に水瓶は北前船を使って全国津々浦々に出荷された。18世纪の中顷には周防国や备前国から本格的に技术を学び、陶器制作に磨きを挂けた。
そして、明治になって多くの窑元が藩からの庇护を失って衰退する中で、石见焼は最盛期を迎えた。その顷の窑元は100を优に数えたといわれる。その跃进を支えたのが大瓮である。石见焼の瓮は耐水性に优れ、贮水には最适であったため全国から需要があった。
しかし昭和30年代に入ると、上水道の整备に伴って水を贮蓄する必要性が减り、またプラスチック制の容器普及が追い打ちを挂けて衰退した。窑元は一気に激减したが、その后は时代に合った容器を作ることで対応していった。代表的なものが渍物や梅干し、味噌贮蔵用の小口の瓶で、石见焼の特长である塩分、酸、アルカリによる腐蚀への强さが功を奏し、これらのヒットもあって苦しい时代を耐え抜いた。现在は伞立てやマグカップなども制作し、伝统的な意匠、技术を継承しながらも、时代の変化に対応した商品を焼き続けている。平成6年に国の伝统的工芸品に指定された。


