若井おさむ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
若井 おさむ(わかい おさむ、1973年1月9日 - )は、吉本兴业所属のお笑い芸人である。京都府京都市出身。大阪府立阿武野高等学校卒业。NSC大阪24期生。元漫才コンビはちみつメロンのボケ役。2003年3月、ピン芸人としてデビュー。 尚、漫才の若井一门(はんじ・けんじ、ぼん・はやと、小づえ・みどりなど)とは无関系である。
目次 |
[编集] プロフィール
机动戦士ガンダムの主人公アムロ・レイのモノマネコントをする芸人であり、2代目アムロともいわれている人物。ガンダムの有名なセリフを使いコントを进めていく。アムロ・レイの声优古谷彻が演じる星飞雄马やペガサス星矢のモノマネもする。ただし古谷本人は「仆の声に似ているとは思いません」「话し方は似ている」と公式サイトの掲示板でコメントしている(后に対谈で彼のことを认めている発言もしている)。一方、ララァ役の潘恵子には「若井くんの方がアムロを夸张してやってるからアムロっぽい。古谷くんに何かあったらその时はお愿いね。」と太鼓判を押されている。
2006年10月1日にテレビ朝日系で放映された「笑いの金メダル」内のコーナー「胜ち抜きワンミニッツショー!」で初の5周胜ち抜き芸人となり、サプライズプレゼンターとして登场した古谷彻と初対面した。また、ガンダムエースのVol.51(2006年10月発売号)では特别企画として古谷彻との対谈企画が実现している。『机动戦士ガンダム』の名ゼリフを集めた本を出したが、その中の企画で、シャア・アズナブル役の池田秀一と対谈している。
2006年末には、机动戦士ガンダムシリーズを制作したサンライズの忘年会の余兴に出演、その际にガンダムの原作者たる富野由悠季との対面も果たし「ガンダムだけに頼ってちゃダメだよ」と苦言を呈された。
第2回R-1ぐらんぷりから、现在(R-1ぐらんぷり2007)まで、准决胜に进んでいる。
ヨシモトファンダンゴTVで放送していた番组「ワイ!ワイ!ワイ!」のコーナー「今日は谁? 有名人携帯电话の旅」にチュートリアルがMCの月曜日に出演し、経営していた居酒屋が徳井の実家の近所だった(京都の千本今出川)ことや、芸人になるきっかけについて话した。
コンビ时代の若井を知るブラックマヨネーズは当时の印象を「华がなくて礼仪正しい子だった」と语っている。
2007年3月、オーディションライブでの合格がならなかったbaseよしもとへの挑戦を断念し、东京に进出。その结果、仕事の量は5倍になった。たむらけんじと非常に仲が良く、东京进出を勧めたのもたむらである。
2008年6月11日、所属事务所を通じ百货店勤务の女性と结婚することが発表された。若井曰く、机动戦士ガンダムのヒロインである「セイラ・マス」似のスレンダーな女性とのこと。
ネタの披露中は何故か苦悩した表情である。
[编集] お笑いの道を志すまで
20代前半の顷、幼い顷から続く母亲からの虐待や兄からの理不尽な暴力などに耐えかね、自宅を离れて居酒屋の経営(父亲の出资でテーブル3つ、カウンター7席ほどの小さなもの)を始める。
数年の后、若井が家を离れたことで虐待の対象が父亲に飞び火し、父亲は暴力を受けていた。その状况を闻いた若井は父亲に何度も离婚を勧めたが、父亲は决断しかねていた。悩み続けた末、父亲はついに离婚を决意したことを若井に报告に来たその夜、亡くなった。若井は堪えきれず、父の葬仪で「お父さん杀したんはお前や!」と母亲を责めたが、母方の亲族にも取り合ってもらえずに絶望したという。
遗産のことで家族ともめたくなかった若井は、自ら父の遗産相続はすべて放弃する旨の念书を书いて母亲に渡したが、父亲の出资で始めた居酒屋(その顷には相当な繁盛店になっていた)は父亲名义のままであったため、すべて母と兄侧に渡ってしまった。
途方に暮れた若井は、死に场所を探すために东南アジアへ旅に出た。数ヶ月の后、たまたま知り合った日本人観光客から、「ダウンタウンの松本人志さんがドラマ(「伝説の教师」)をやっている」ということを闻かされる。若井は惊愕し(ダウンタウンの大ファンであり书籍もすべて読んでいた若井は、笑い一辺倒だった松本がドラマをやるはずがないと思った)、自分の目で确认するため1周间ほど帰国。そしてたまたま见た回(第8回)が、自杀をするな、というメッセージ(不治の病に冒されて自杀しようとする生徒から生きる意味を问われた教师が、「人间に许された唯一の特権は笑うこと。笑いながら生きるということが人间としての证」と谕す)の回であった。これを见た若井は号泣し、自杀を思いとどまった。そして今度は楽しい旅をするため、再び东南アジアを旅して回った。その途中、インド滞在中の若井の连络先を突き止めた元彼女の诱いでバンコクの空港で落ち合い、元彼女が帰国を促し、帰国した。その后、お笑いの道を志し、NSCへと进んだ。[1]
ちなみに両腕の上腕部にはタトゥーが雕られている。右腕には横书きで「036」(おさむ)と自身の名前が雕られており、左腕には縦书きで「LOVE PEACE」と雕られている。そのタトゥーを雕った时に挂かった费用は500円だった。これは、东南アジア放浪时にタイで「爱」と「平和」、そして「自分自身」が大切だという事を悟り、その想いを忘れないために雕ったものである。
[编集] ギャグ・ネタの特徴
基本的にはアムロ・レイが日常に现れたという设置で话が进むが、オチは素の関西弁の兄ちゃんに戻って落とすことが多い。なお初期の顷は、手作りのアムロ风衣装でショートコント(ガンダムとは関系のない内容)をやっていた。それがモノマネ漫谈のような形式に変化し、R-1ぐらんぷりに出场した顷から现在のガンダムを题材にした一人コント形式に落ち着いた。
ネタ衣装は市贩の地球连邦军の男子制服。なお、自室のクローゼットには「お出かけ用」「运动用」「大事な仕事用」「家着用」の男子制服各1着、セイラさんの部屋から盗んできた女子制服1着、その他各种ガンダム衣装が揃っていると称している。また、ごく稀にしか披露しないが、连邦军の制服以外の服装で行うネタも存在する。
主なセリフ
- 自己绍介→「みなさんこんにちは、ガンダムのパイロットのアムロ・レイでおなじみの、アムロ・レイです。」
- ゴキブリが出现→「奴だ、奴が来たんだ!」
- 赤信号→「赤い彗星のシャア」
- 青信号→「グフ」
- ザク、ザク、ザク(葱を刻む拟音)→「ザク」
- 目上の人→「ブライトさん」
- その场でやるアムロ以外のモノマネ→「星飞雄马」、「ペガサス星矢」、「普段のキティちゃん」、「电子レンジ」など
- 教习所の教习车を见て一言 ※番组(スポンサー)の都合によりセリフが変わる场合がある。
- 笑いの金メダル内のコーナー「ワンミニッツショー」では2周目から、オチが「最初はグー、じゃんけんグー、あいこでグー、仆はパー」というギャグ(これは、元々自动车教习所ネタのオチである「じゃんけんパー、あいこでパー、アタマパー」の変形である)に统一されていた。
主なギャグ
- (舞台最前列の客に端から)「べっぴんさんですよね、べっぴんさんですよね、そしてとばしてマチルダさ~ん!」
- 「ミノフスキー粒子散布」(主に自分に都合の悪い流れになったとき)
- ペコちゃんのようなかわいい顔(右上に舌をだす)
[编集] TV番组等での扱い
非常に特异な芸风のため、イロモノ芸人としてアクセント的に呼ばれることが多い。本人も「ガンダム芸人」として番组に呼ばれた场合には、终始アムロ・レイの声真似とガンダムギャグに彻する。しかし(地上波では灭多にないが)「芸人・若井おさむ」として出演した际のフリートーク能力も意外に高い。
土田晃之と共に『机动戦士ガンダム00』の第1话特别先行试写会にもゲストに招かれる。ここでは同作でナレーターを务める本家アムロの古谷との「アムロ声での応酬」で会场を沸かせた。
ガンダム好きの芸人达からは絶大な支持を受けている(ガンダムオタクである次长课长の井上が好きな芸人のトップに名を挙げる等)。ガンダムグッズに埋もれて生活しているため(自称「モビルスーツ屋敷」)相当なガンダムマニアと思われがちだが、しばしば普通の初代ガンダムファンの域を出ないことをうかがわせることもある。
『ヨシモト∞』(若井おさむ&ネゴシックスの20分)出演时、ネゴシックスから「ガンダムなら何でも答えられるのか」と闻かれ、「答えられる」と言い切ったものの、「第27话のタイトルは」という问いを「それはまた追々…」と言ってかわした。
『TVチャンピオン2』の「外国人アキバ王选手権」にゲスト出演した际「ガンダム関连ならどんな难问でも答えられる」と意気込んだが、「F90の换装バリエーションを全て挙げよ」と问われると「一年戦争(初代ガンダム)しか分かりません」と答えた。
『えらすべりネタグランプリ』の楽屋で、ドラえもんを読んでいた。中山功太とネゴシックスに「キャラを考えろ」と注意された。
[编集] 出演
- レギュラー番组
- 単発番组
- 爆笑レッドカーペット (第1回・第2回)キャッチコピーは「燃え上がれガンダム」
- CM
- 山形県 第21回参议院议员通常选挙投票啓発(2007年7月12日~7月29日)
- スカイパーフェクTV!

